森本建具店 | 組手障子|家具|香川県高松市 | インタビュー

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温故斬新

香川県が誇る伝統工芸“組手障子”。その歴史に培われてきた手技を活かして、現代のテイストにマッチしたモノをつくろうと奮闘している有限会社 森本建具店。創業70年、三代にわたって手技を継承してきた “モノづくり”のバックグラウンドをいろいろお伺いしました。

とにかく“モノづくり”が大好き。

森本隆さんは、1965年に建具店の三代目として高松市で産声を上げました。創業者の祖父は、もともと和歌山の人で、戦前に大阪で建具師の修業をし、太平洋戦争に出征。戦後は、妻の疎開先であり実家だった高松に拠点を移し、建具師として活動をはじめました。
当時、家を一軒建てると、100枚以上の建具が必要で、年間5~6棟の家が建てば、十分に暮らしていけたといいます。しかし、時代が進むにつれ生活スタイルの洋風化が浸透し、どんどん和室を設ける家が減り、建具の需要は激減していきます。そんな状況を救ったのが家具職人の父でした。その技術を活かして、建具店に家具の仕事を取り込んでいきます。
祖父と父のDNAを受け継いだ隆さんは、幼い頃から“モノづくり”が大好きだったといいます。
「床に落ちている木端を集めては、家をつくったりロボットをこさえたりして遊んでいましたよ」。
工場は、隆少年の“モノづくり”への好奇心を育む絶好の遊び場だったようです。

職人気質を叩き込まれた修行時代。

中学生の頃から、“継ぐ”ことを意識していたので、県立高松工芸高等学校に進み卒業後は、迷わず職人になるため、親元を離れて兵庫県西ノ宮市に旅立ちます。そこには祖父の一番弟子がいて、そこで修業時代を過ごすことになります。
「最初の1年は、カンナの刃砥ぎに明け暮れましたね。毎日、何回も刃を砥ぐんです。ただ、刃を砥ぐだけの毎日。親方は、昔堅気の職人で、組手もすべて手作業で仕上げていました。カンナの刃砥ぎは、料理人でいえば包丁砥ぎといっしょで、職人の基本中の基本です。今では、こんな基本から叩き込まれることはほとんどありません。職人を育てるという意味では、とてもいい時代だったのかもしれませんね」。
親方について3年間みっちりと修業を重ねた隆さん。その中で、職人のあるべき姿を教えてもらったといいます。
「親方の横にいて、木のことをたくさん教えてもらいました。修理に行くと、なぜ壊れたのかを詳しく解説してくれるんです。『この部分に使われている木がよくない。歪みが出るのが分かっているのに使っている。10年先に木がどうなるかを考えていない。職人はそこまで考えなければいけない』と。それまで、木には意識が向いていなかったのですが、修業を通じてほんとうに木が好きになりました」。

職人とは何かを自問自答してきた20年。

3年間の修業を終えて、隆さんは高松に戻りました。当時の住宅事情は、さらなる洋風化で、障子を設ける家がどんどん少なくなって、家づくりにおいて建具師が活躍できる場は、ほとんど無くなっていました。このままでは、建具の伝統技術である“組手”が滅んでしまう。隆さんは強い危機感を持ちはじめていました。
そんな中、建具組合で組手障子の勉強会が開かれました。20年ほど前のことです。隆さんは、改めて伝統工芸と向き合うことを決意しました。組手は、職人の優れた知識と経験が必要となります。木を切り込むサイズの微調整には、類まれなる経験が求められます。コンマ1ミリ単位の微妙なコントロールが求められる世界なのです。それには、目の詰まり方やねじれや反りの可能性など、数多ある木それぞれの特性に対する豊かな知識や経験が必須なのです。
「基本を身につけた職人が減っているのは確かです。今の業界の現状は、職人を育てる環境ではありません。とにかく日々の売上を考えなくてはならないので、技術を身につけさせる余裕はなく、技術が未熟でも即戦力としてお金になる仕事をさせる傾向にあるのです」。
隆さんは嘆きます。だからこそ、森本建具店は、この職人気質を大切にしたいと考えています。
「すぐに壊れるようなモノをつくるのは、職人として、とても恥ずかしいことです。とにかく、修業時代に叩きこまれた、10年後の木の状態を考えるということを大切にしていきたいと考えています。それが職人気質というものですから」。
自分の工場に戻ってから20年余り、隆さんは常に“職人とは?”を自問自答しながら日々を送っていきました。

手技と発想のコラボレーション、はじまる。

建具職人の道をまっしぐらに歩んでいた隆さんに大きな転機が訪れます。40歳の時でした。理恵さんと結婚したのです。理恵さんの前職は服飾デザイナー。斬新な発想で、次々とセンスあふれる服を世に出してきました。
結婚してしばらく経って、理恵さんはねじり鉢巻きをして工場に立つようになりました。多くの人が『おばあちゃん、みたいだ』と懐かしがる声がします。おばあちゃん…隆さんの祖母は、現役のころ、ねじり鉢巻きをして工場で汗を流していたのです。職人よりも上手に組手をつくっていたそうです。理恵さんが、そんな現役時代のおばあちゃんとそっくりに見えたのです。
ある日、知り合いの家具職人から提案がありました。“木でカバンをつくってみないか”と。その提案を聞いて、二人の挑戦がはじまりました。
「この部分は、木を曲げてつくれんかなぁ」と理恵さん。
「建具職人は、木を曲げたりせんもんや」と隆さん。
丁々発止のやりとりが続けられました。布や皮革に豊かな知識と経験を持つ理恵さんの発案で、皮革を使うことになり、木製カバンは、ついに完成します。
「理恵さんからは、ぼくのような職人には思いつかないようなアイデアが出てきます。それをカタチにする中で、ぼくの手技も磨かれています。これまでの建具を超えるモノがつくれるようになり、領域はグンと拡がりましたね」。
以来、森本建具店は、次々と斬新なグッズを発表しています。結婚前に隆さんが考え出したサッカーボール型のパズルもパッケージを工夫したり、理恵さんが欲しいと思う生活雑貨やファッションアイテム、オブジェなどを制作し、販売するようになりました。
直向きな隆さんの職人気質に、理恵さんの服飾界で培った柔軟なアイデアが相まって、センスあふれる新しい伝統工芸のスタイルがつくり出されているのです。

組手の領域を拡げるような役割に徹したい。

組手は、主に障子に使われる技術です。長年にわたって障子とともに磨かれ、発展してきました。
「組手を障子に活かすのは、ピッチャーでいえば直球で勝負すること。みんながみんな、直球勝負ばかりしていたら組手の世界は拡がらないのではないかと思うのです。領域を拡げることで、この伝統工芸の魅力をより多くの人たちに知ってもらえたらいいなと」。
隆さんは、組手を含めた伝統工芸の普及のために、仲間たちと一緒に小学校や中学校でのワークショップも積極的に開催しています。“敷居”や“鴨居”、という言葉も知らない子どもたちに和の生活文化の魅力を伝えるために。そして、伝統工芸の後継者を見つけ、育てるために。
モノづくりに携わる人間は、まずオリジナルのパーツをつくる必要があります。それには、もっと“手”というものを意識しなければなりません。手で考え、手を動かしてこそ、本当の“モノづくり”ができるのではないでしょうか」。
隆さんは、現在、“伝統工芸士”の認定を申請中。香川県で16人目の伝統工芸士となる予定です。
「職人に大切なことは、“常に現状に満足しない向上心を持つこと”です。つまり手技をいつまでも磨き続けること。今のままで満足していては、この先の発展は望めません」。
日本の伝統芸能の言葉に“守破離”という言葉があります。これは、基本の型を身につける“守”、そして、その型を乗り越えて自分なりの個性を発揮する“破”いわゆる“型破り”はこの段階です。そして、舞台を変えて活躍する“離”。これまで取得してきたものを新しい領域で活かす段階です。この考えに基づけば、隆さんは、まさに“離”の段階に入っているのではないか、と感じられます。
「建具職人には基礎力が必要です。それは道具を使う技術であり、木に対する知識です。効率化ばかりが求められる現在、この技術や知識を機械に任せて、誰でもすぐにできるようにしようという傾向が強いように感じています。ぼくらは、じゃまくさいことを丁寧にすることが求められているはずなのに、それがおざなりになっています。この基礎力をしっかり伝えられるシステムをつくりたいと考えています。そして、この基礎力をベースに応用力を発揮していけたらと思います。それには、理恵さんの発想力つまり“飛ばす力”が必要です。これからも夫婦二人三脚で、新しい“組手”のスタイルを模索していきたいと考えています」。

隆さんと理恵さん。有限会社 森本建具店は、これからも“伝統工芸・組手障子”をベースに、斬新なスタイル構築にチャレンジしていきます。